『探偵ガリレオ』

探偵ガリレオ (文春文庫)
探偵ガリレオ (文春文庫)
東野 圭吾

殆どミステリーを読まない私に、字の本といえばミステリーしか読まない夫が買ってくれた、話題の『探偵ガリレオ』。するすると面白く読めた。

まず事件が起こって、それを物理学の観点から実証し犯人を見つけ出していく・・・という筋立ての短編集。事件を追う刑事の大学時代の友人で物理学専門の大学助教授・湯川という人物が主人公だ。物理と聞くと無条件に後ずさりしてしまう私にも「なるほど、こういうことがあるのか」とわかりやすく、また論理的な観察眼が小気味よく思えたりした。

旅のおともにいい1冊かもしれない。

6年分の感謝



本日発売の『ワイヤーママ徳島版』10月号。創刊6周年の記念号です。

徳島のママさんにとって役に立つ雑誌であることは間違いないのですが、私にとっても“情報を得られる”という点でお世話になっているだけでなく、「子どもと何か思い出に残ることをしよう」という原動力になってくれている大切な雑誌+WEBです。

10月には新しく『ワイヤーママ愛媛版』が誕生するとか。このままフランチャイズの輪がどんどん広がればいいなぁ、そうすれば日本中のママさんパパさんが育児ストレスから解放されて悲しい犯罪だって減るのになぁ、と思っています。

どうか、これからも頑張ってください。
6周年おめでとうございます。

そして、感謝。

心地よく『デザインの輪郭』

デザインの輪郭
デザインの輪郭
深澤 直人

au/KDDIの携帯電話「INFOBAR」、無印良品の「壁掛式CDプレーヤー」、家電・生活雑貨の新ブランド「±0」などで有名な工業デザイナー・深澤直人さんの本。順を追って論が展開されてはいないので、深澤さんの考え方の断片がちりばめられた海の中をふわふわ漂いながら、あ、あっちにも何かいいことが書いてある、という具合にその断片を拾い集めているような感覚だった。ひとつひとつに“張り”があり輝きがある。

「without thought(考えない)」というタイトルのワークショップについて書かれた章があった。

ひとつ目の課題として、何かを食べるとか服を着るとか何でもいいのだけれど、日常のありふれた行為を“観察”し記述する。参加者たちはそういった行為がほぼ無自覚に行われていることに気付き、無意識に行っている分、アンテナはその行為の細部へは向いていないということがわかり始めるそうだ。

この“観察”の課題に始まって、2つ目、3つ目の課題へ挑戦することによって、固定概念から解放され思考がデザインへと自然に流れていく様子が書かれていた(もちろん、参加者には一朝一夕にいかない模様)。

私はかつて「ISIS編集学校」というところで、同じようなことを学んだことがある。無意識を意識化する課題として、“顔の洗い方”とか“歯の磨き方”のようなことを、料理のレシピのように順序だてて記述してみたりした(私は“絵はがきの作り方”を書いたように思う)。また、コップの使い道をできるだけたくさん考えたりもした。飲むこと以外に“飾る”とか“音を出す”とかそういう用途に気付くことが重要だと教わった。

ところが実のところ、私は今まで、これら編集学校で教わったことをデザイン自体にどう生かしていけるのかというところを自分自身に説明することができず、もやもやのまま放置していたのだ。

そのもやもやを消してくれたのが「without thought(考えない)」の章だったというわけである。

工業デザインと、グラフィック・WEB・キャラクターなどのデザインとは出力の部分はまったく違う。けれど、深澤さんのデザインの考え方に触れてたくさんのヒントを得ることができた。

心地よい、読書だった。

ウーウェンのおいしい北京

ウー・ウェンのおいしい北京
ウー・ウェンのおいしい北京
ウー ウェン


北京で編集者をしている友人(日本人)が、取材を担当した本。

ひとつひとつの原稿が優しくて丁寧で、内容から受ける誠実さが彼女らしい。中国ならではの食材や料理もあって、味を想像しながら「北京に行ってみたい!」という気持ちを喚起させてくれる本だ。

友人が頑張っている報せは、たっぷりの元気をくれる。お互いにそういう存在でいられたらいいなと思うけれど、私の努力がもう少し・・・というトコロ。

毎日、頑張れる私でありたい。

『静かな大地』

静かな大地
静かな大地
池澤 夏樹

徳島藩のオサムライが淡路を攻める煙の匂いから始まった。

明治維新の時代、淡路から北海道へと開拓に渡った人々のことを描いた『静かな大地』という分厚い本に惹かれたのは、知っておかねばならぬ歴史がそこにあると思ったからだ。

淡路から北海道へ渡った侍の子、三郎・志郎の兄弟とアイヌの人々との関わりを描いた壮大な「語り」の物語である。

生前の志郎が幼い娘・由良に昔語りを聞かせる前半。語りにおける空白は後の伏線となってページを進ませる力となる。大人になった由良が三郎のことを書き記しておこうと試みる後半。兄弟と関わった大切な人に会いに行き話を聞いたり、手紙を読み進める形をとったり、アイヌ民話を挿入したり・・・と、巧妙でテンポのよい文体がくるくると入れ替わる。そんなわけで、たくさんの人が本当に実在して、自分が取材してまわっているような気分でぐいぐいと最後まで読み切ってしまった。

* * *

1人と1人が出会った場合、その人を一個人として見る。それなのに、その背後にある所属グループ、あるいは権力が関係してくると1対1ではあり得なかった感情が生まれてくるのはなぜだろうか。

「淡路」を攻める「徳島藩」。「アイヌ」を支配する「日本」。

本当は、随分と前に読み終えた本なのだけれど、「知っておくべき歴史」の問題の大きさにどのように自分の言葉を重ねればよいか、そもそも“感想”を書くことができるのか、しばらく考えていたのだった。とりあえず、と書き始めた今もなかなかまとまらない。

「大学は? どこの会社の人だろう? 出身は?」。外殻からどんな人かを判断しようとすることが多い自分。既成概念の枠に入れて量るのは楽だし、どのようにその人とつきあうかを決める磁針として役に立つこともある。けれど、それだけに私は「一個人」として人を見る努力をしていないのではないか。

考えるべきことは多く、現在進行形で対峙中。気づきのきっかけを与えてくれた本である。

写真集『太陽とかべとかげ』

とても繊細なことなので、
きちんと言葉が見つからないかもしれない。
きちんと表現できないかもしれないなぁ・・・。
でも、ほんとを書きたい。

作者の森合音(もり・あいね)さんは私より3歳年上の女性。2003年に旦那様が他界されたのだそうだ。そして、旦那様の遺してくれたカメラで2人の幼いお子さんとの日常を撮ったのがこの写真集である。

四角く切り取った何気なさそうな日常の中には“お母さん”としての森さんの、優しくて女性らしい空気が漂う。そして喪失感のフィルター。写真に添えられた子どもたちとの会話が宝物のように、時を特別なものにしている。

ぽろぽろと涙がこぼれた。

写真に施されているデジタル処理が「きもち」や「おもい」をさらに強く感じさせている。何年も大事に使われてきた木の椅子のような雰囲気だな、と思った。大切なんだな。

 * * *

「二人はきっとパパを選んで生まれてきたのだと、今、思う」という後書きの一文を読んで、こなみ先生が書いていたちーちゃんの言葉を思い出した。

 おなかのなかでおとうさんとおかあさんの声をきいて、
 このひとたちだったらやさしくしてくれるとおもったから、
 くるしかったけどがんばってでてきたんだよ!
 (こなみ先生の日記より)

森さんの娘さんたちはパパと森さんを。ちーちゃんはおとうさんとこなみ先生を。選んでがんばって生まれてきたんだな。とても、とても素敵なことだ。

 * * *

みなさんも、ぜひ、ご覧になってください。
富士フォトサロン新人賞受賞作です。

太陽とかべとかげ―Sun,Wall and Shadow
太陽とかべとかげ―Sun,Wall and Shadow

水野真紀さん



じゃーん。本日発売の『ワイヤーママ』徳島版



今月から女優・水野真紀さんのエッセイ『いくじ徳本(とくほん)』がスタートしているのだけれど、そのページのイラスト+デザイン、という嬉しいお仕事をさせてもらった。水野さんの手書き(!)原稿(のFAXのコピー)を何度も何度も読み返しながら、作ってみたいビジュアルをあれこれ考える苦しくて幸せな時間。「作りたかったもの」と「できあがったもの」の距離がかなり近い仕上がりになったと思う。原田社長さんに感謝。

『いくじ徳本(とくほん)』をデザインをさせていただくにあたり、水野さんのエッセイ『にんぷ読本』を読んだ。勝手にイメージしていた“隙のないセレブなお姉さん”という水野さん像とは少し違って、親しみやすくてかわいらしい人のようだ。

素敵な人が徳島に来てくれてよかった〜。



にんぷ読本
にんぷ読本
水野 真紀

東京タワー

東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~
東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜
リリー・フランキー


リリーさんの「おでんくん」というキャラクターは、ほかの誰でもないリリーさんとおかあさんの関係の中で生まれた、奥の深いキャラクターだったということをこの『東京タワー〜』を読んで理解した。商業主義的な量産キャラクターとはわけが違う。

食べる人のことを考える思いやり。きっと、おでんくんたちはリリーさんのおかあさんが仕込んだんだな。

どん底のココロが生み出すあたたかい作品。

* * *

『東京タワー〜』は、[mixi]でのレビュー数が(いつの時点で、など詳細は不明だけれど)トップなのだそうだ。読んだら文字にせずにはいられない、もう苦しいぐらい胸をぎゅうぎゅう締め付けられて我が身を振り返る。

普段、積極的に読後感を人と共有したいとはあまり思わない私も、友人が書いたレビューを真剣に読んだ。友人の分だけではない。まったく知らない人が書いたものまで目を通した。

* * *

斎藤茂吉の「のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳ねの母は死にたまふなり」や、「おかあさんに会いたい、って夜中に胸がきゅうんとなる時があるのよ」というデザインの先生の言葉を思い出す。もしその日が来たその後のことを、私は考えたくないし想像することができない。


わたしはよわいけど、ひとって、ほんとに、つよいんだなぁ・・・。

阿波藍



大きな探し物をしていた9月。心に余裕がなくて思いが言葉にならず、ブログを書くことさえできなかった。ぼーっとしていると時間って本当に早く行過ぎてしまう。

書くことができないぶん、読むことに時間を割いた。明治の阿波藍の衰退を描いた中川静子さんの小説『藍師の家』を一気に。自分が生まれ育った町が舞台であるということも手伝って面白く読んだ。インド藍やドイツの化学染料に取って代わられた阿波藍の歴史。藍がどれだけ繊細で過酷で贅沢な産業であるにも関わらず、それでも今日まで阿波藍のバトンを繋いでくれている人たちがいることはすごいことなのだと思う。

 阿波の北方おきあがりこぼし
 寝たとおもたらまた起きた

ところどころに出てきた作業歌や当時の風俗の描写などもまたよかった。たとえば浄瑠璃の楽しみ方、“シカノアクニチ”という1年のうち本当に大切な日の存在。何日も前から待ち望み心から楽しめる真の娯楽だったのではないかと思う。私にとって「阿波おどり」がそういう存在なのかもしれないけれど、やはり何か少し違う。

さて、卒業論文を書くときに調べに調べた、風流踊り(阿波おどりの原型)の歌詞をもう一度眺めてみよう。藍に関係する歌がどのくらい入っているのかな。

海辺のカフカ



異なる2つの物語が加速しながら近づいていく感じが待ちきれなくて、
一気に読んでしまった。
たぶん、こんな本を渇望していたのだと思う。

(↓これ以下の文章は本の内容に関係しています)。

田村カフカ君は15歳の誕生日に家出をして
見ず知らずの高松へ旅立つわけだが、
不思議と「私の15歳の誕生日はどんなだっただろう」
という考えは浮かばなかった。
小説の世界に自分を重ねる、というよりは、
わざわざ自分を入り込ませずに物語自体を楽しむ、という感じ。
村上春樹さんの小説を読んでいる時に感じる
「しん」とした孤独感(特に『ノルウェイの森』で強く感じた)もなく、
暗いけれど明るい、スピード感があふれているのにほっとする、
そんな本だった。

もう一度、今度は時間をかけてじっくりと読んでみよう。


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