舞踊組曲『母子慕情』



鳴門市文化会館で舞踊組曲『母子慕情(ははとこのぼじょう)』を観る。

浄瑠璃『傾城阿波鳴門』を下敷きに、おゆみとおつるの母子の絆を浮き彫りにしたストーリー。現代舞踊のステージに果たして木偶人形がどのように絡んでくるのか大きく期待していったのだが、これが期待を超えるすばらしさだった。

浄瑠璃人形はもちろん、人間よりはるかに小さい。けれどその動きは繊細で、指先の表情ひとつで瞬時に感情が伝わってくる。

ダンサーたちは時に背景となり、時に内的世界を具現化し、人形の動きを邪魔することなく絶妙に補っているのだった。個を主張することなく集団でひとつを見せてくれたことが、物語をすんなりと受け入れる助けにもなった。

徳島で、こんなに完成度の高い作品を観られたことを本当に嬉しく思う。9月2日には東京・新国立劇場での公演もあるそうだ。ぜひ、成功させてほしいと思う。

きんこさんの個展



尊敬するイラストレーター・西山きんこさんの個展「深呼吸」を拝見するべく
『ギャラリーカフェ サルヴァドール』へ。

徳島新聞で連載されていたイラストの原画を見ることができたのが
とても嬉しかった。

もっと大きな紙なのかと思いきや、ほぼハガキサイズの紙に
色鉛筆で丁寧に丁寧に書き込んである。
毎月の季節の空気感や風の雰囲気を
やわらかく集約させていて、
テクニックだけではない、心の深さのようなものを
感じさせていただいた。

心をストレッチしたみたいに、
まさに「深呼吸」をした後のような、
ほっとした時間を過ごすことができた。

 * * *

きんこさんの個展は29日(水)まで、
藍住町の『サルヴァドール』で開催中です。
(木曜日はお休み)。


鴨島の阿波おどりへ



吉野川市鴨島の阿波おどりへ。

所属している『扇ぐ阿呆の会』で展開している「えっとぶりキャンペーン」に協賛してくださった『石井あいっこ連』のみなさんが、“えっとぶりうちわ”を配ってくれていた。感謝。

兵児帯のちびっこたちが、輪になって踊る姿はとても楽しそう。鳴り物の音が響くと、いつもは通過するだけの駅前広場があっという間に踊り広場になる。恥ずかしがらずに、一歩足を踏み出せば、そこはもう「踊る阿呆」の世界である。実は私も踊りたくてうずうずしていたのだけれど、羞恥心が勝ってしまった。ああ、もったいない。

「来年こそは!」と毎年思っている私がちょっと面白かった。


『薄暮』



四国放送の長寿番組『おはようとくしま』の心和むコーナー“今朝のいけばな”の一コマ。生けたのは私の親友である。

阿波踊りの暮れなずむ風景を表現したのだそうだ。少しずつ存在感を現す提灯や、様々な期待感を抱えた喧噪がひとつの花器に凝縮され、作品としての楽しさを放っている。そういえば、全体も阿波踊りを踊っているような、躍動感を持っている感じ。うーん、かっこいいな。

生け花ってやっぱりアートだ。

陶板と生花

草月流の80周年記念徳島県支部展“四国花巡礼・テーマ[色]”を見に行く。会場の『大塚国際美術館』は、陶板に複製された世界の名画が一堂に会する大美術館である。

陶板の渇いた空間の中の生きた花は、はっとするような大きな存在感を持っていた。草月流ならではの独創性や芸術性が浮き彫りにされている空間。名画に囲まれて花と対峙する自分は、いったいどの次元に存在しているのか。一切の日常を忘れたひとときだった。

一粒で何度美味しかったかわからない。本当によいものを見せてもらった。



↑こちらは、友人が参加したグループの作品。このまま絵はがきになりそうなぐらいきれい。とても好きな作品です。



↑こちらは、本展示のオオトリを飾る『珈琲美学』小原社長さん(徳島県支部長さん)の作品。鳴門の海と空の青、竹の合間に見える藍染めの青・・・それぞれの青がまさに徳島の[色]を象徴しているように思いました。

オランダ絵本作家展

ワイヤー発売日の今日、夫は県西部まで配本の仕事。せっかくの保育園の休みの日に1日中家に籠もるのももったいない気が急にして、『かえるくん、ミッフィーとオランダ絵本の仲間たち オランダ絵本作家展』にムスメを連れて行くことにした。

前回の『ハンス・ペーター・クーン展』はムスメにはまだ早すぎて感情の処理が追いついていなかったようだけれど、今回は大好きなディック・ブルーナさんの絵もメインコンテンツのひとつだ。きっと楽しんでくれるに違いない。

それにしても、絵本ってすばらしい。

私の幼いころは家の方針(?)で絵本を所有した記憶も読んだ記憶も、読んでもらった記憶もまったくない。叔母がくれた『おくびょううさぎ』と唯一頼み込んで幼稚園の時に買ってもらった『はじめてのおるすばん』以外にまともな絵本は知らなかった。『ぐりとぐら』を初めて知ったのも小学校の道徳の本だったし、『はらぺこあおむし』の存在を知ったのなんて高校の時である。友達のちえちゃんが好きな本として紹介してくれなければ、エリック・カールさんの存在さえも知らなかったかもしれないのだ。

そんな私だからこそ、子供と同レベルで絵本の世界に引き込まれているのかなぁと思う。

「かえるちゃん、かわいいなぁ」「あ、ミッフィーちゃん!」と始終大喜びのムスメを見ていると、子供の心をつかむ絵本という文化が本当に素敵なものだと思った。ただ、薄暗い美術館に「芸術です!」と飾ってあるのもいいけれど、何度も何度もページをめくって、時にはセロテープでとめてあるような絵本こそが何より「ココロ」の栄養として染みこんでいくんだと強く思ったのは、大人目線の展示ゆえ、ムスメをずっと抱っこしてないといけないのがちとツラかったからだ(展示位置が高い)。

どこかでアートディレクターの佐藤可士和さんが、お父さんに「ディック・ブルーナの赤はヨーロッパの赤だ、青が一滴入っているような深い赤だ」と言われて育った、というようなことをおっしゃっていたのを読んだことがある。私も、できれば佐藤さんのお父さんのように、本当にいいものを見せてあげられるハハになりたいと思う。

見終わってから『花杏豆』でお昼を食べて帰った。何だかムスメと対等な、嬉しいおでかけの日だった。

ハンス・ペーター・クーン展

徳島県立近代美術館の「凍熱−ハンス・ペーター・クーン展」に出かける。

一言で言うなら、「静かな衝撃」。
あのように、ある一定の時間作品と対峙するように仕掛けられた空間に出会ったことがなかったからだ。

静かな空間に不思議な音が響く。
私は、私に「一体何を感じる?」と問いかけて答えを探す・・・。

目に映る表現が抽象的であるほど、自分の中で私自身が浮き彫りにされていく感じがする。

それはそれは何とも心許ない感覚だった。

つつみます展



私の先生・立花かつこさんの“Package Design Awards in Japan 2007”入選記念の個展へ。

「クリスマス」・「冬」・「バレンタイン」・「母の日」・「夏」の5つの時節をパッケージで表現する、という素敵な内容だった。どれも、まあるい手のひらで包み込んでくれているようなパッケージ。贈り手の心を一緒に包んでくれているみたいで、「ふわり」という形容詞がぴったりだと思った。

簡易包装が声高に推奨される時代である。けれど、包装紙をやせ細らせることだけが簡易包装と言えるのだろうか。きれいな包み紙なら集めたいと思うし、素敵な箱ならば手元に置いて再利用したいと思う。これも立派なエコ活動だ。それに、簡易包装を目標としたシンプルな素材だって、折り方・結び方ひとつで印象は変わるのである。いろんな制約の中でセンスを駆使して驚きや嬉しさを提供するのがパッケージデザインという仕事なのだと改めて思った。

パッケージは初見のインパクトだけに留まらず、やはり愛されるものでなくてはいけない。立花さんは、そういう“愛おしい”パッケージを作る天才。本当にいつも学ばせてもらってばかりいる。

12月24日まで、沖浜の『珈琲美学』にて開催中。ぜひ、みなさんもご覧ください。

カルトナージュ教室



厚さ2mmの厚紙に布を貼ってオリジナルのCDケースを作りましょう、という教室に参加。先生は、いつも仕事でお世話になっているNさんである。「趣味で・・・」とのことだが、作品を見せてもらうとプロ級だった。



刷毛でボンドを塗り、ぺたぺたぺたぺた・・・と指示通りに切って貼ってを繰り返しているとあれよあれよと完成。す、すごい。ディテールには目をつぶってもらうとして、こんなスバラシイ出来栄え!




↑これは開いたところ。


次回講座も近日中にあるそうなので、興味のある方はご連絡くださいませ。

Nさんありがとうございました。

透明



老舗酒造場の見学へ。

お酒をつくる工程を杜氏さんに説明してもらいながら、工場を見せていただいた。機械化できるところは機械を導入しているけれど基本は手作業。よいお酒をつくるためには杜氏さんの技術と勘と匙加減が重要なのだ。まるで子育てみたい。なるほど、だから味わい深くなるのだな。

こういう酒づくりをラベルやパッケージに生かせないだろうか。たとえば、いちばん簡単なのは「●●さんがつくりました」と顔写真入りでプリントすることである。そんな商品があってもいいだろう。だけど。

伝統を受け継いだ日本酒というのはプライドのある“ブランド”であることも必要。凛とした存在感の中に「こんなに苦労してできあがったお酒なんですよ〜」という説明はいらないのかもしれない・・・そんなことを考えているうちに原研哉さんがデザインを担当された「白金」というお酒のことを思い出した。

「白金」は桶仕込みの貴重なお酒で、安易に考えればパッケージにも声高に謳いたくなる製法である。けれど、“「白金」は自身の存在を消す「鏡」をイメージしたデザインです”と原さんがご自身のサイトで説明しているように、鏡のようなボトルには桶仕込みを強調するような情報は一切ない。

なぜ、“自身の存在を消す”のか。そこに至るまでの経緯はわからないのだけれど、この部分に日本酒の大事なものが集約されているのではないかと思った。主役は飲む人。うーん、うまくまとまらないものの、リンクしたわけである。

お酒は透明な液体だ。だからこそ、ボトルやラベルのデザインから人々はイメージをふくらませる。とても、とても重要なデザイン。いつか、お酒のラベルをデザインすることがあったら今日のことを思い出そう。

見学を快諾してくださったM酒造様に感謝。



▲お隣にある醤油工場で。洗って乾かしていた一升瓶。
こちらも、見学させていただいて感謝。


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