楽しいスプーン



なべちゃんからもらった、[VISE VERSA]の離乳食用スプーン。持ち手のところが透明になっていて、中には白とピンクと黄緑の小さな丸いつぶが10個ずつぐらい入っている。使っていると、このつぶがからからと面白い音をたてるので、ムスメはとても喜んでいる様子。自分で持とうとして、ほっぺたに果汁をつけてしまったりもする。飲み込んだ時は相変わらず何ともいえないへの字口を見せるけれど、“スプーンに慣れる”というひとつの目的は果たせているみたいだ。


こんなに小さなスプーンにも存在しているデザインと遊びごころ。その効果を目の当たりにすると、イイカゲンなデザインはできないなぁと思ってしまう。


ただ楽しいだけかと思いきや、赤ちゃんのものは危険が少ないよう設計されていて、「なるほど!」と気付くことが多い。ぼんやり使っているだけに終わらないように、しっかり勉強していこう。


麦キャラに憧れる



これは、「麦ふぁ」のパッケージに描かれた麦キャラクターである(「麦ふぁ」はロッテの「チョコパイ」と双璧を成す、我が心のお菓子)。昭和の匂い漂うセンスに何ともいえぬ味わいを感じる。


私が何かのイメージキャラクターをデザインする時は、直球+駄洒落で挑むことが多い。みるきくさんの例でいくと、


●直球→四国を巡るお遍路さん
●駄洒落→風車(=ウィンドミル=見る)、菊の花かざり(=聞く)


という具合に(聞く→菊はまあいいとして、見る→風車、て)。


「麦ふぁ」のキャラのような直球のみのキャラクターに出会うと、私の“駄洒落”の部分の臆病さを再認識してしまう。要するに、直球勝負が怖いのだ。何かで理由付けをしないとキャラクターとして弱い気がして、落ち着かないのである。


もちろん、その“もの”に関しての思いつく限りのキーワードを書き出した上での“駄洒落”なので、自分では気に入っていることが殆どなのだが、やはり直球にはかなわないなぁと思う。麦茶キャラクター「むぎティーくん」を見た時もそうだった。そのきっぱりとした潔さと強烈な個性に憧れてしまう。


いつか私も、そのものずばり、のストレートで望める強さを持ちたい。


タマネギの根っこ



夕食の準備をしていて突然思い出した。

タマネギを半分しか使わない時、保存用のほうも根っこの部分はそぎ落としておくのが私のやり方。別にそれを特別だとも思っていなかったのだけれど、私がそうするのを見て「あ、一緒のやり方!」と言った人がいた。その一言が妙に嬉しくて、その人を好きになってしまいそうになったことがあるのだ。たかだかタマネギの根っこで!

そういえば、誕生日が一緒とか近いとか、そんな理由で人を好きになったこともある。若かりし私の単純な恋心は、些末な共通点に弱かったようだ。

しょーもないことでドーパミンを分泌させてたんだなぁ・・・。

もうしばらくはカザリ



「コーヒーはおなかの赤ちゃんに悪いですか?」

たいていどこのプレママサイトのQ&Aにも載っているこの質問。

そう、悪いらしいのだ。1日に2杯程度ならば大丈夫ですよ、なんて書いてあるとはいえ、どんな悪影響があるのかは生まれてみないとわからない。これは、本当に切実な問題である。どんなに忙しくともイライラしても、コーヒーとチョコパイさえあれば乗り切れる、逆に言えば、それがなければ乗り切れない私だったからだ(「コーヒーをやめたくないから子供はまだいらない」とあほらしいことを言っていた時期さえあるぐらい)。

私は泣く泣くコーヒー絶ちをし、耐えに耐えた。仕事先ですすめられて、ひとくちやふたくちは飲んだかもしれないが、頭の中に「赤ちゃんにはよくない」という意識があるのに美味しいわけがない。この子が生まれてくれさえすれば、またコーヒーとチョコパイの時間は戻ってくるのだと信じて待った。

ところが、である。生まれた後リサーチしたどこの赤ちゃんサイトにも

「コーヒーは母乳によくない」
「コーヒーを飲むと母乳の中にカフェインが含まれ、ダイレクトに赤ちゃんに伝わる」

なーんて書いてあるじゃあないの! ということは、またしばらくは飲めないのか、しょんぼり。・・・つらいけれど仕方あるまい。可愛いムスメのためである。

そんなわけで、今年の自分のクリスマスプレゼントとして購入したこの「コーヒーメーカー」は、もうしばらくはカザリ。「この酒はその時のためにとってあるんだい」と、応援している弱小球団が優勝するのを本気で待っているおじさまのように、これを眺めながら我が子の離乳を楽しみにすることにしようっと。ふう。

藍色の実



出産で自宅を留守にしていた2か月足らずの間に、ベランダの植木鉢に知らない雑草が育っていた。引っこ抜く理由もないのでそのままにしておいたら、勝手に小さい白い花を咲かせた後、勝手に小さな藍色の実を実らせてしまったようだ。それが何だか健気で可愛いったら。

土の匂いのする田舎で育った私にとって雑草は遊び道具のひとつだった。ねこじゃらしやぺんぺんぐさなどの代表的なものだけでなく、名も知らぬ草をとってきてはママゴトの材料にしたり、笛にしてみたり、船にして浮かべたり、つめを染めようとしてみたり。どくたんぽぽも嫌いではなかったし、へびいちごを見つけるとその日がとても幸せになったものである。

けれど、雑草と花屋さんで売っている花とは完全に別物であると考えていた私は、味のある焼物の一輪挿しに野の花を生けてあるのを見て、衝撃を受けた覚えがある。なあんだ、ただの草でもきちんと扱ってあげていいんだ。素朴さの味わい方に気付いた、というか、何も飾り立てたものだけが人の心を動かすというわけではないと悟ったというか。

そういえば、先日の草月流の生け花展でも同じようなことを考えた。お花、といえば正座して小さな花器の中でまとめ上げる限定された世界を思い浮かべていたのだけれど、竹や流木などをあしらった作品群は実にダイナミック。なのに、繊細さも持ち合わせていて、ちょっと不思議な気分である。野外での風景になじんだ作品などもあり、既成概念を大いに覆してもらったところだった。

何だか忙しい、忙しいと言いながら、洗濯物を干すために出たベランダ。そこで見つけたこの小さな藍色の実は、今の私の生活につきづきしい感じがする。隣にはたんぽぽみたいな草も育っていることだし、今度はどんな種がやってくるのか楽しみ、楽しみ。

日曜日からはじめる



日記が週記になり、月記になりもしたけれど、考えてみればかれこれ5年ぐらい書くことを続けているような気がする。せっかくなので時代の流れに乗って、ブログに変更。

最近は、書くことがあれば更新するというゆるいペースである。新しい発見や小さなしあわせ、おかしかったことなどがその内容。私はことだま信奉者なので、少しでもプラスのベクトルを持つ事柄を書くことを心がけている。

では、そんな感じのはじまり方。


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